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東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)126号 判決

原告

インターナシヨナル・ポラロイド・コーポレーシヨン

右代表者

ロバート・マーチン・フオード

右訴訟代理人弁理士

浅村晧

外二名

被告

特許庁長官

片山石郎

右指定代理人

古川和夫

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日とする。

事実および理由

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は「特許庁が昭和四八年三月八日同庁昭和四五年審判第一三〇六号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文一、二項同旨の判決を求めた。

第二争いない事実

一、特許庁における手続の経緯

原告は昭和四二年五月一二日特許庁に対し、西暦一九六六年(昭和四一年)五月一二日アメリカ合衆国にした特許出願に基づく優先権を主張して、名称を「露出調節システム」とする発明につき特許出願をしたが、同四四年九月二〇日拒絶査定を受けた。そこで原告は同四五年二月二五日審判の請求をし、同年審判第一三〇六号事件として審理されたが、同四八年三月八日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、出訴期間として三箇月を附加する決定とともに、同年六月九日原告に送達された。

二、本願発明の構成要件

(一)、フラツシユ撮影機構付写真撮影装置

(二)、被写体の距離によるレンズの焦点調節装置

(三)、被写体からの光の強さに応ずる絞りの調節装置

(四)、フラツシユ光を用いる撮影の際、被写体の距離により、被写体から反射してくる光量を予想しそれに応じて絞りを距離により数段階で調節一定しておく、(二)と(三)とを結合する装置

(五)、シヤツター装置

(六)、シヤツターが作動を開始すると、(四)のもとで一定にされた絞りのもとで実際に投射してくる光量に応じてシヤツタースピード(露出時間)を調整する装置

(七)、シヤツター装置((五))を作動させる装置

より成る露出調節装置

三、審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項のとおりである。ところで、特許出願公告昭和四〇年第一八一七五号公報(以下「引用例」という。)には、本願発明の構成要件(一)、(三)、(五)、(七)、と同一技術内容の記載がある。そしてその(四)、(六)の構成に対応するものとしては、(四)における、(二)、(三)を結合する装置については記載されていないが、絞りの「一定」が「全開」ではあるけれども実際に反射してくる光量に応じてシヤツタースピード(露出時間)を調整する装置は示されている。また、本願発明の構成要件(二)は引用例に記載されていないが、カメラとして自明の構成に過ぎない。そして、本願発明の構成要件(四)における、(二)と(三)とを結合する装置は、特許出願公告昭和三九年第一七七二七号公報(以下「周知例」という。)にシヤツタータイム(露出時間)を一定にした前提のもとにではあるが、距離連動絞り装置として記載されているようにフラツシユ撮影装置として周知技術である。そしてまた本願発明の構成要件(六)における、一定の絞りと実際に反射してくる光量とに応じてシヤツタースピード(露出時間)を調整する装置は、たとえば特許出願公告昭和三六年第一八九二九号公報(以下「慣用例」という。)に示されているように、電子シヤツターにおける慣用技術である。

そうすると、本願発明と比較して引用例の記載に欠ける構成要件(二)、(四)、(六)のうち、(二)はカメラとして自明であり、(四)の構成も前記周知例に示されているような周知技術の転用にすぎず、これに格別技術的困難も予想外の効果も伴わない。また(六)の構成も、(四)の絞り値調整方式の採用に伴う前記電気シヤツターの慣用技術に関する単なる設計事項にすぎず、何ら発明の存在は認められない。従つて本願発明は引用例および周知・慣用の技術から当業者が容易に発明することができたものと認められ、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

四、引用例の技術内容

審決認定のとおりである。なお自然光のみで適正露出が得られる場合には、まず被写体よりの予想光量に応じて絞りが自動的に選択(粗調製)され、ついで被写体から実際に受ける光量に応じて露出時間が自動的に制御(微調整)される装置が記載され、また絞りが全開になつてなお被写体が暗い場合にはフラツシユ光撮影に自動的に切り替えられる機構を備えている。

五、本願発明と従来技術との対比

(一)、本願発明の(一)、(三)、(五)、(七)の構成は引用例に存在する。

(二)、本願発明の(二)の構成はカメラとして自明のものであり、これと(三)の構成との結合運動は慣用手段である。

(三)、本願発明の(四)の構成において、絞りを定めた上で露出時間を調整する点では引用例と一致する。ただし本願発明においては距離に応じて数段階で絞りを一定するのに対し、引用例では絞りを全開とする違いがある。

(四)、また本願発明の(四)の構成におけるフラツシユ光撮影の際の距離との連動による粗調整の調整機構自体は周知例と同一である。ただし周知例は予め露出時間を一定にするものである。

(五)、本願発明の(六)の構成において、シヤツター作動開始後、実際に反射してくる光量に応じて、絞りとの関連で露出時間を自動制御する装置自体は慣用技術である。

(六)、従来の自然光における粗調整は明暗の度合による絞りの調整であり、本願発明の粗調整は被写体の距離に応じての絞りの調整である。

六、フラツシユ光の光量の一部のみを利用する装置の公知性

自動露出時間調整装置を備えたカメラで絞りを全開でなく絞りこんだ状態で調節するとともに、フラツシユ光の光量の一部のみを利用する装置(ただしフラツシユバルブの種類や撮影距離、フイルム感度と絞りの組合せを一定にしたもの)は公知である。

第三争点

一、原告の主張(本件審決を取消すべき事由)

本件審決は、本願発明の構成要件(四)、(六)の組合せの推考困難性とその構成のもたらす作用効果の顕著さを看過して進歩性を否定した点に判断の誤りがあり、違法であつて取消されねばならない。〈中略〉

第五裁判所の判断

一構成上の推考困難性について

(一)、自然光撮影とフラツシユ光撮影との技術思想の違いの有無について

1、原告は本願発明と引用例の技術思想の異なる根拠としてまず自然光とフラツシユ光との性質の違いを主張している。なるほど昼間、晴天、野外を典型としてあげれば、自然光は光源・光量が無限であり、フラツシユ光は光源・光量として有限なことはいうまでもない。

しかしながら自然光にも昼間光もあれば薄明・薄暮・夜間のちがいにわたり、晴雨・曇天、野外・屋内の別によつて光の明暗やカメラに投射される単位時間当りの光量に大きな違いがある。またフラツシユ光自体もともと写真撮影の際に自然光の不足を補助する光源として使用されるものであつて、自然光(フラツシユ光を除く人工光を含む。)が全く存在しないフラツシユ撮影は稀有の事例である。さらにフラツシユ光はその規格・大小のちがいにより、被写体の距離・性質により反射してカメラに投射される光の明暗や光量に差異がある。

したがつてフラツシユ光は光源として発光光量が有限であるからといつて、カメラにとつて光量が一定であるということはできない。その規格・大小による光量の違いはあるし、これに自然光が加わる場合その光量の違いもあるので、それらにより、被写体の距離・性質に伴つて実際光量としては当然光の明暗、時間単位の光量の違いが生ずること自然光と全く軌を一にし、これに対して適正露出を得るためには元来自然光に対する場合と全く同様な考慮に立つて露出光量調整を必要とするものといわねばならない。

すなわち写真撮影機構としてみた場合には被写体の映像を結ぶために必要な一定有限な実際光量を充足するものないしは充足を要請されるものとして、自然光もフラツシユ光も本質的には異ならないといわねばならない。

2、ところでレンズを用いたカメラの写真撮影としては、距離による焦点調節、露出光量調節のための絞り開度ならびに露出時間の各調節の三つが最も基本的な要素であり、一般的な手動カメラの作動としては自然光、フラツシユ光ないしその併用の場合にわたつてそのいずれかの要素を排除すべき事由は見出せない。

3、そうしてみると、自然光とフラツシユ光とは写真撮影の立場からみて本質的な差異があるという主張は理由がないものといわなければならず、被写体の映像を結ぶために必要な十分の実際光量がない限り写真撮影は成り立たないので、原告も自認する通り適正露出はフイルムに最適の光量を投射することによつて得られるから、自然光であれフラツシユ光でおれ、またその併用の場合であれ、露出光量調節が必要であつて、そのためには写真撮影機構一般としてはそのいずれにわたつても絞り開度の調節と露出時間調節との二要素によるというのがより一般的・基本的な技術思想としなければならない。

4、原告は引用例の装置が自然光使用の場合には絞り調整と露出時間調整を共に行うのに対しフラツシユ光使用の場合には常に絞りを全開にして露出時間のみを自動調整するよう両者の調整機構を変えていることが、人工光とフラツシユ光とに対する技術思想の違いを示すものとして論じている。しかし、成立に争いのない甲第四号証(引用例)によると、引用例がフラツシユ光使用の場合に絞りを全開としているのは、自然光だけでは露出量選定範囲の限界に達して、絞りが全開になつてもなお被写体が暗くて適正露光量が得られない場合に、自動的にフラツシユ光撮影に切換えるため、自動化という特別の目的から絞りが全開に一定されているに過ぎず、フラツシユ光使用に切換えるために光量調節の技術的原理の立場から絞り開度を全開に定めたものでないことがうかがえる。したがつて自然光撮影とフラツシユ光撮影との写真撮影機構の技術思想の違いを示すものとはいえない。ちなみに成立に争いのない甲第二号証(本願明細書)、第五号証(周知例)ならびに弁論の全趣旨によれば、従来手動による写真撮影による場合にはフラツシユ光使用の場合も自然光撮影の場合と同様、絞り開度の調節と露出時間調節の二要素によつて露出(光量)調整を行つてきたことが認められる。そうすると自然光とフラツシユ光とでは写真撮影上の技術思想が本質的に異なるとする原告の主張は理由がないといわなければならない。

(二)、粗調整・微調整の自動組合せの転用の難易について

1、自然光による撮影において、被写体からの予想光量に応じて絞りが自動的に選択(粗調整)され、ついで被写体から実際に受ける光量に応じて露出時間が自動的に制御(微調整)される、露出光量調節のための粗調整・微調整の自動組合せの装置が引用例に記載されて公知であることは、当事者間に争いがない。またこのような自然光における粗調整は明暗の度合による絞りの調整であるのに対し、本願発明における粗調整は直接には被写体の距離に応じての絞りの調整であるという具体的な違いがあることも当事者間に争いがない。しかし甲第二号証および弁論の全趣旨によれば、フラツシユ光だけを使用する場合は、被写体の光線に対する性質などの要素を捨象すれば、予想光量は光源の強さおよび光源から被写体までの距離の関数(甲第二号証七頁九・一〇行)として捉えられるから、結局光量調整の原理として、両者とも絞りの調整としては明暗(光の強弱)の度合による点変りがないことが認められ、粗調整の実質的内容を共通にする。

2、ところで、フラツシユバルブの種類や撮影距離・フイルム感度と絞りの組合せを一定したものではあるが、自動露出時間調整装置を備えたカメラで絞りを全開でなく絞りこんだ状態で調節するとともにフラツシユ光の光量の一部のみを利用する装置が公知であることは、当事者間に争いがない。そして成立に争いのない乙第一号証の一・二・三(昭和三九年五月一日発行「写真工業」第二二巻第五号)によれば、本願出願の二年前業界雑誌に一般的な解説としてこの装置に関する技術内容が紹介されていることが認められる。またフラツシユ光使用による撮影の場合にも、被写体の映像を結ぶために必要な入射光量がない限り写真撮影は成り立たないのであるから、適正露出を得るためには余裕量をもつた実際光量の範囲内で露出光量調節を試みるのが少なくとも手動の作動としては自明のことといわねばならない。そうすると、露出光量調節装置の自動化に当つてフラツシユ光撮影の場合、その光量の全部をなるべく有効に使い切ろうとする考え方がすべてではなくて、その光量の一部のみを利用してその適正化を計る技術思想も存在し、この思想自体、本願出願当時技術水準として存在していたことが認められる。

3、そして本願発明の(四)の構成におけるフラツシユ光撮影の露出調節機構として距離との連動による粗調整(絞り調整)機構自体は、予め露出時間を一定にするものではあるが、周知例に示されて公知であること、また同じく本願発明の(四)の構成におけるフラツシユ光撮影の露出調節機構として、絞りを定めた上で露出時間を調整する(微調整)機構自体は、絞り開度を全開とするものではあるが引用例に示されて公知であることは、いずれも当事者間に争いがない。そして甲第四号証(引用例)および弁論の全趣旨によれば、引用例の機能として、フラツシユ光に切換えられた際にも自然光がなお相当程度存在する場合には、フラツシユ光の反射による実際光量の使用としてはかなり余裕をもつてフラツシユ発光の途次で自動制御のシヤツタが閉じられることがその作動として当然考えられるので、フラツシユ光量の一部のみを利用する技術思想とのつながりが認められる。なお前記周知例の露出時間の一定、引用例の絞りの全開は、いずれも調整機構の自動化のためにとられた特別の措置であつて、露出調節としては、絞り開度と露出時間の二要素より行うことの基本的原理から脱するものでないことはいうまでもないことである。

4、また本願発明の(二)の構成はカメラとして自明のものであり、(三)の構成との結合連動が慣用手段であること、そして本願発明の(六)の構成においてシヤツタ作動開始後、実際に反射してくる光量に応じて絞りとの関連で露出時間を自動制御する装置自体が慣用技術であることは、いずれも当事者間に争いがない。

5、以上1ないし4の事実を総合すると、フラツシユ光撮影における絞り調整(粗調整)と露出時間調整(微調整)との自動組合せによる露出光量調節機構である本願発明の構成要件(四)、(六)の組合せは、出願当時の技術水準のもとで引用例に周知例・慣用技術を考慮すれば当事者が容易に推考できたものといわねばならない。

二作用効果について、

原告が主張する本願発明による作用効果はつまるところ、前項認定のとおり、自然光撮影における露出調整における粗調整・微調整の組合せ自動化の公知技術を技術水準・周知・慣用技術のもとでフラツシユ光撮影に適用を試みた結果得られる露出調整の適切さであり、それに当然伴うべき程度のものに過ぎない。そして〈証拠〉を総合すると、それらの作用効果はカメラの露出調節機構として、自然光撮影における粗調整・微調整の自動組合せを、フラツシユ光使用の際にも適用するために要する具体的な装置の機構・設計のちがいから当然予測できる範囲のものと認められ、顕著なものとはいいがたい。

三結論

そうすると、本件審決には原告の主張するような判断の誤りはないから、本訴請求は失当として棄却せざるを得ない。よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、上告のための附加期間につき同法第一五八条第二項を適用して主文のとおり判決する。

(古関敏正 宇野栄一郎 舟本信光)

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